一つの物語の終わりとドルフィンウォッチングの難しさ

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Facebook経由で知ったことですが、富戸でドルフィンウォッチングを営まれていた石井氏が、ドルフィンウォッチング事業の継続を断念したようです。原文はこちら

反イルカ漁のシンボル 石井氏

反イルカ漁のシンボル 石井氏

ドルフィンウォッチングの理想と現実

英語がわからない方は、原文を機械翻訳でお読みいただくといいのですが、以下のツイートをお読みいただくと、なんとなく内容がわかるかも知れません。

滝口守(仮名)
活動家の間でイルカ漁からウォッチングへの転換の成功例としてヒーロー扱いされていた富戸の漁師石井泉氏が、十年来の赤字を理由にウォッチング事業からの撤退を宣言。天草、御蔵島、利島のように定住性のイルカがいる所でなければ事業として成り立たない。 #taiji #thecove
https://twitter.com/kiuchi_minoru/status/236517785142964224

TAIJI WALKER
石井泉さんドルフィンウォッチンク事業から撤退宣言。結局CGやSJD、IKAN等のイルカ信者連中が石井さんを騙し利用して宣伝を行い私腹を肥やしただけ。但し、イルカ漁事業代替案ではなく事業拡大の選択肢の一部としては同意。もう少し事業検討必要 http://goo.gl/onyu2
https://twitter.com/taiji_walker/status/236610470050676738

ツイートに主観が入っているようにも感じられますが、実際に富戸のイルカ漁に関して調べていくと、国内の反捕鯨団体の活動が数多くあり、現在の太地町のように多くの批判が寄せられていたことが想像できます。
実際、ザ・コーヴなどで有名なリック・オバリーがIWCの会場に乗り込んだ際に、首から下げたモニターに映しだされていたのはエルザ自然保護の会で頒布されていた富戸のイルカ漁の捕殺シーンでした。(一時期はSave Japan Dolphinsのサイトで頒布されていましたが、現在はリンク切れのようです)

Twitterなどでも以前に漁の再開の気配があると批判のツイートが相次ぎ、ヒステリックにイルカ漁中止を訴える人たちが、動物愛護に関心のある方を中心に増えていったこともありました。

しかし、イルカ漁は長い間行われることがなく、イルカ追い込み漁の話題は太地町に映って、富戸のことはあまり話題にされることはなくなりました。
同時に、富戸のドルフィンウォッチングについても、あまり語られることはありませんでした。

イルカ漁反対のシンボル

石井泉氏という方は、一体どんな方だったのでしょうか?
イルカ漁に反対していた団体などのページから引用してみましょう。

「殺される時のイルカの啼き声を聞いて、耐えられない思いがした-」殺すための漁から、見るためのイルカ・ウォッチングへと方向転換した理由を、石井氏はこう語っている。 かつての石井氏は、イルカを捕まえ殺すことを、最も声高に擁護する一人だった。その彼が、二度とイルカを殺さないと決意しただけでなく、イルカ・ウォッチングのビジネスを始めようとしている。
「今の私は、イルカの肉にではなく、彼らが私たちの内に引き起こしてくれる驚嘆の念に、その値打ちを見出しているのです。」 富戸に暮らす漁師であり、二人の息子を持つ父親でもある石井氏は、同時に、並外れた才能を持つ写真家でもあるが、その主な収入源はヤリイカ漁である。同時に、約30年に亘ってイルカを捕ってきた彼の、父、祖父、そして曽祖父もまた、クジラとイルカを捕る漁師だった。
しかし、1999年、石井氏の属する漁協組合のメンバーが、70頭あまりのイルカを富戸の港に追い込んだ時、この伝統はモダン・テクノロジーとぶつかり合うことになった。残酷な殺戮の様子を捉えたビデオが、世界中のテレビ画面に映し出されたのである。バンドウイルカが海から引き上げられ、喉を切り裂かれる映像は、この野蛮な風習に対する、なだれのような抗議を巻き起こした。 既にこれ以前から、石井氏は長いこと、イルカについて考えを巡らすようになっていた。「イルカの群々が泳いでいる光景には、心動かされるものがありました。イルカ漁をしている最中だというのに、自分の漁師としての仕事を忘れてしまうことすら、度々あったのです。この高揚を、イルカ・ウォッチングをとおして、人々に伝えられたらと思います。」
イルカはただの魚だという、彼の元々の持論を覆す映画との出会いもあった。今では石井氏は、イルカは高度な知能を持ち、肺呼吸をする哺乳類であることを理解し、彼らに対する欺瞞に満ちた暴力行為をやめるよう、訴えている。 実は石井氏は、漁協が違法なイルカ漁を促す場合があったことを知っていた。
そのことを告発すると、漁協のメンバーたちは、逆に彼を非難して漁師を辞めさせようとし、あまつさえ富戸から追い出そうとさえしたのである。石井氏を支えたのは、国内外の自然保護団体が上げた、彼の勇気ある行為を支持する声だった。 水産庁ならびに静岡県水産部は、漁協は捕獲許可枠を超えた漁をやめるべきだという、石井氏の主張を無視してきた。
「皮肉なことですが、水産庁のそうした態度が、今の私を形作ったのです」と石井氏は述べている。 今、ビジネスマンである石井氏は、イルカ・ウォッチングで、イルカ漁以上の利潤を生むことができると考えている。船を出す人々はもちろん、旅行会社や土地のホテル、レストラン、土産物店にまで経済的利益がもたらされるだろう。
http://www.all-creatures.org/ha/rengesan.html

その後、ウォッチングは順調に回を重ねており、2004年度は、1月21日現在、13回船を出し、内9回成功している。他の地でのイルカウォッチングと比べても、かなり高い数字と言える。
地元での理解も広まっており、以前は「社会見学」でイルカ漁を見せていた小学生たちにウォッチングを体験してもらおうという動きや、大手ツアー会社からの引き合いもくるなど、明るい材料は多い。また、漁協の理事が“個人的に”ウォッチング船を共に出すなど、新しい動きも出てきている。
更に石井さんは、「海とイルカを守る会」(通称「ポッドの会」Protect Ocean&Dolphins) を立ち上げ、「イルカを海洋国日本のシンボルとして保護しよう」という新しいアイデアも実行に移した。「イルカとの共存・共生」へ向けて、益々意気盛んといったところである。
しかし、肝心の漁協は、公式には「イルカウォッチング」については無視。「イルカ漁は続ける」との立場を崩していない。
http://www.gem.hi-ho.ne.jp/circlet/futoirukawaching.htm

漁師にとって海で捕れる物は、みんな自分たちのもの。自然を資源と考えて何も不都合なことはありません。しかし、イルカを食肉でなく観光資源と考えても良いではないか。我々ドルフィン・スイマーからでなく、漁師の間から、このような考えを持つ人が現われてきたのは、うれしいかぎりです。
今のところ、石井船長は孤高の少数派の旗頭としてがんばっていらっしゃいます。
http://www.netlaputa.ne.jp/~ozone/d-watch.htm

イルカの捕獲からイルカ・ウォッチングへ
以前富戸のイルカ漁のリーダーであった石井泉氏は現在、イルカ・ウォッチング・ツアーを主催しています。石井氏は、イルカ保護の代表者として国際的に名を知られるようになりました。BlueVoiceが石井氏と協力して行っている活動内容をご覧になり、最初の航海に関する不思議な物語をお読みください。それが、イルカの殺戮を終結させるための第一歩となります。
http://www.bluevoice.org/savedolphinsjp.php

陸に上がってからは、富戸駅近くのコミュニティセンターに部屋をとって、石井さんの話を聞く。話がうまい。「私もかつてはイルカを殺し食べていました」と言う。いろんなことがあって、やめた。「殺される姿を見るのが辛くなったからだ」と言い、具体的な話をする。以来、観光と漁業の共存を模索し続けた結果、観光客誘致の一策を思いついた。
「捕る利益よりも、捕らない利益の方が大きいことを、全国のイルカやクジラの漁業者に分かってもらいたい」と言う。
石井さんは話がうまい。又、漁師としても腕がいい。イルカ漁をやめた時は、村八分のような状況だったが、今は、他の人も皆、石井さんに続いている。釣り船、ボート・ダイビング、イルカ・ウォッチング…と。そして富戸は変わった。話を聞いて、とても勉強になりました。又、来てみたいです。
帰りは、熱海で一旦降りて、食事をしました。8時頃ですよ。考えてみたら、今日は、朝から何も食べてない。下手に食べたら、吐いちゃうと思ったからだ。でも無事に終わった。いい体験だった。
ところで、肝心のイルカの写真はないですね。どうしたんだろう。船酔い阻止のために、私は遠くばっかり見ていた。だから、近くの海は見てないし、イルカを見逃したのかもしれない。でも、イルカを見れるのは、日によって違う。運のいい人は、3回船に乗って3回とも、イルカに出会える。運の悪い人は3回乗っても、3回とも出会えない。でも、イルカが泳いでいる同じ海を見て、その自然を体感してきた。これだけでも幸せだと思って下さいと、石井船長
http://kunyon.com/shucho/101213.html

以上、検索結果から目立ったものを引用してみたが、石井氏が反捕鯨活動を行う人達にとって、ある意味シンボルであったことは、間違い無いだろう。
中には、ドルフィンウォッチングの華々しい未来を感じさせるようなものもあったが、残念なことに彼らの予想とは違い、現実には永続的な産業ではなかったようだ。

ドルフィンウォッチングはイルカ漁の代替手段には成り得ない

イルカ追い込み漁(なぜか突きん棒漁には批判が少ない)への批判として多いのが「殺さなくてもドルフィンウォッチングで生きていけるのではないか」というものだが、御蔵島などの成功しているドルフィンウォッチングの名所とは違い、イルカ漁の漁場では基本的に回遊してくるイルカを漁の対象としているため、回遊量が少なくなれば、漁もできなくなるが、ドルフィンウォッチングも同様に困難になる。
上の引用では、高評価だったイルカとの遭遇率も、結局は石井氏の事業を継続させるには不足していたのだろう。
そして、持ち上げるだけ持ち上げられたのはいいが、資金的に余裕がある海外の活動家や反捕鯨団体が、富戸にお金を落としてくれるわけでもなかったことも、この結果からもわかる以上、太地町でも同様の結果がでるのは明らかだろう。

たしか太地町では、反捕鯨団体が寄付を募って、イルカ漁師の生活を支えようという試みがあったような気がするが、当然この試みもうまくいくはずはないだろう。
結局は当事者でない反捕鯨活動家は、現地の漁師のことなど何も考えていないのだ。

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