英国首相のコメントの違和感

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今回は2021年1月15日に報じられた、太地町のミンククジラの混獲についてのイギリス首相のコメントについて感じた違和感や、奇妙な状況について書いていこうと思う。

今回のコメントについて、とりあえずは日本版のロイターの方を引用してみよう(ロイター日本語版魚拓)。

英首相、和歌山沖定置網のクジラ捕獲に懸念=テレグラフ紙

[15日 ロイター] – 英紙テレグラフは15日、和歌山県太地町沖の定置網に昨年入り込んだミンククジラが今週になって捕獲されたことについて、ジョンソン首相が「残酷な」クジラの捕獲に反対の考えを示したと報じた。

ジョンソン首相は同紙に「海にはますますプラスチックごみが増え、気候変動が生態系全体を脅かすなど、自然界の悲劇的で不可逆的な破壊をすでに目の当たりにしているときに、クジラの捕獲という残酷な行為に反対の姿勢を取ることはこれまで以上に重要だ」と述べた。

同紙によると、英外務省は日本側に問題を提起したという。

https://jp.reuters.com/article/britain-japan-whale-idJPKBN29K2Q6

殺害なのか、捕鯨なのか、捕獲なのか…?

今回のニュースで奇妙に感じられるのは、テレグラフ紙が報じているものと、ロイターが報じているもので、タイトルが異なっていて、首相がどう話したかが違っているからだ。
そして、日本版のロイターでもタイトルが異なっており、本当の内容がどれなのかが分かりづらい状況になっている。

具体的に言うと、テレグラフ紙はタイトルにwhale killing(クジラの殺害)という感情的な言葉を使い、ロイターはwhaling(捕鯨)という言葉を使っている。
また、ロイターの日本語版ではクジラ捕獲という、事実に即した(とはいえ情報が不足しているが)言葉を用いている。

では、実際のコメント自体はどうだったのか?
まず、テレグラフ紙(本文魚拓)が報じたコメントを引用しよう。

Mr Johnson said: “At a time when we are already seeing the tragic and irreversible destruction of our natural world, with the sea increasingly pumped full of plastics and climate change threatening entire ecosystems, it is more important than ever to take a stand against the cruel practice of whaling.

“I look to Japan, a world leader on climate change and free trade, to stand with me in the fight against the killing of these beautiful mammals and take steps to help preserve our precious marine life for future generations.

“As the UK prepares to host the COP26 summit this year and we continue to drive forwards action to reduce global emissions, we must remember that our success in tackling climate change is inherently bound up with restoring biodiversity.

“As the UK prepares to host the COP26 summit this year and we continue to drive forwards action to reduce global emissions, we must remember that our success in tackling climate change is inherently bound up with restoring biodiversity.

“Let us not imagine a world where our children and grandchildren do not know the song of the humpback whale. We must all come together to respect and protect one of mother nature’s greatest treasures.”

https://www.telegraph.co.uk/news/2021/01/15/exclusive-boris-johnson-says-taking-stand-against-cruel-japanese/

諸事情でこのブログはコピペ不可の仕様になっているので、気になった人はテレグラフ紙の記事をなんとかして読んでみてほしい。
上記の引用部分を翻訳経由で読んでみたが、どうやら英国首相は事の成り行きを知らずにコメントしているようだ。
なお、引用部分の中ではwhalingという記載はあるがwhale killingという記載はない。
おそらく、テレグラフ紙の記者がタイトルを付ける際に、より共感を生みやすい言葉に変更したのだろう。

そのせいなのか、ロイターの記事(本文魚拓)ではコメントの内容自体はトリミングされているものの、大半の感情的な部分をスポイルしているためにわかりやすい記事となっている。
以下、記事を引用すると…。

“At a time when we are already seeing the tragic and irreversible destruction of our natural world, with the sea increasingly pumped full of plastics and climate change threatening entire ecosystems, it is more important than ever to take a stand against the cruel practice of whaling,” Johnson told the newspaper.

https://jp.reuters.com/article/britain-japan-whale/uks-johnson-takes-stand-against-cruel-japanese-whaling-the-telegraph-idUSFWN2JQHAD

こちらでもwhalingという言葉はあってもwhale killingという言葉はない。
そして日本語版のロイターは、この記事を元に事実に即した「クジラ捕獲」という表現に改変したものと思われる。

しかし実際に起ったことは混獲(bycatch)という普遍的な出来事であって、それが起きなければ捕獲はなかったわけだ。
このあたりの報道がなされず、英国の首相ともあろう人物が把握せずにコメントしていることは、英国という国が内包しているエスノセントリズムを感じさせずにはいられないだろう。

なぜ捕鯨が残酷なのか?

捕鯨を批判する場合、まるで料理の付け合せのように用いられる表現に「brutal」や「cruel」や「barbaric」という言葉が用いられる。
そして捕鯨を表現する言葉も「whaling」ではなく「whale killing」という言葉が用いられることも多い。
今回の件もまさにそうで、コメント自体も「cruel practice of whaling」とあり、テレグラフ紙ではタイトルから「whale killing」としている。

これらは彼らの価値観であり、そのことはテレグラフ紙が掲載している首相のコメントからも読み取ることができる。
彼らは「美しい哺乳類私たちの貴重な海洋生物を将来の世代のために保護するための措置を講じる」といい、「私たちの子供たちや孫たちザトウクジラの歌を知らない世界を想像しないで」という。

彼らにとっては日本の定置網で混獲された鯨類さえも「私達のもの」なのだ。

しかし、混獲は世界中で起きており、英国ですら例外ではない。
その足元の問題を解決しようとせずに、遠く離れた日本の小さな漁師町の出来事に注目して、首相がわざわざコメントするというのは、余計なお世話を通り越して傲慢だと言わざるを得ない。

英国で起きている混獲は、残酷でも残忍でも、ましてや野蛮でもなく首相が問題視する出来事でもないのだが、日本で起きている混獲や捕鯨についてはこれらの言葉が用いられ、わざわざ首相がコメントをする。

なんというダブルスタンダードだろうか?

コメントの背景を推測する

今回の英国首相のコメントについて思うところを書かせていただいたが、その背景についても少し考えてみたい。

以前、駐日大使のキャロライン・ケネディが太地のイルカ追い込み漁について批判するTweetをしたことがあった。
このブログでも扱ったので、詳細はそちらをお読みいただくとして、今回の英国首相のコメントも、似たような背景があったのではないかと、僕は推測している。

気になったので少し探してみたら、こんなTweetを見つけた。

https://twitter.com/activismforlife/status/1349929421768192006?s=20
駐日大使にメンションを送る活動家の一例
駐日大使にメンションを送る活動家の一例

時間的には前後しているが、こうしたTweetが存在することは、アニマルライツ系アカウントのSNSを利用したロビイング的な活動を示唆するものだろう。
ちなみに、英国首相の名前と #TaijiというタグをTwitterで複合検索すると、このような結果になる。
さかのぼってみれば、以前から太地の追い込み漁に抗議しているアカウントがメンションを送っていて、その情報をそれとなく知っていたものと思われる。
しかし、それらのアカウントが混獲という出来事を伝えておらず、結果として今回のようなコメントになったのではないかと推測できる。
つまり、ケネディー駐日大使と似たような状況にあったと推測できるだろう。

つまり、英国首相のコメントは、今回の出来事の詳細を調べることなく、イメージで日本批判をしてしまったという印象を受けた。
その原因は、太地に常駐した活動家が放った動画が事実を伝えず、フォロワーに都合の良い語られ方で広がった結果のように思える。

こうした結果が対立を深め、相互理解の難しくしてしまうことに、関係者は早く気づくべきだろう。