「鯨漁の系譜」について

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先日、「大背美流れの縁(おせみながれのえにし)」(解説ページはこちらです)に続く二作目の動画、「鯨漁の系譜」の制作が終わり、現在お世話になった方々に、確認のために御覧頂いている段階です。

 

おおまかな説明など

この動画は、古式捕鯨以前に行われていた小規模な捕鯨から、現在の追い込み漁までのつながりを大まかに見せることで、太地町で行われている追い込み漁への認識をより正しくしていただければと思い制作したものです。
太地町は「古式捕鯨発祥の地」として有名ですが、それ以前からも捕鯨は行われており、最初期の捕鯨は小型の鯨類を捕獲してました。
時折聞かれる、「イルカなどは、鯨肉が市場に出回らなくなった時期に代替として捕獲され食用に用いられるようになった」や「水族館への販売のために捕獲されるようになった」というのは、その部分しか着目していないからそう見えるだけで、実際は古式捕鯨以前から食用として用いられてきましたし、古式捕鯨の時代にも、古式捕鯨の漁閑期には、浦人が思い思いに小型の鯨類などを捕獲していた形跡があります。
当時描かれた絵巻物にもイルカやゴンドウクジラの姿もあり、追い込み漁についても、記述を遡れば今から100年以上前には当時の太地村に寄付をするほどの規模で行われていたこともわかります。
しかもそれらは漁業の一環として、浦人たちが協力して行っていたのです。
そういった事実を、ざっくりとではありますが動画の形式でまとめたものが、今回の動画です。
 

制作について

実は、1ヶ月前には完成している予定でしたが、動画に使用するための素材を出版社や制作会社、太地町の役場や教育委員会、そして太地町立くじらの博物館に利用の許可をいただけるようお願いをして、その上で作業を進めていたら、1ヶ月ずれ込んでしまい、制作が終わったのは2/28でした。
 
言い足りない部分、調べたりない部分は当然あります。
古式捕鯨が終焉を迎えた時期に、太地ではさまざまな捕鯨が行われましたが、その中には古式捕鯨の手法をゴンドウクジラに用いようとした人物がいて、その人の記録を遡れば、もっと面白いことが分かりそうなのですが、この方の記録を見つけることができていないので、その事を盛り込むことが出来ませんでした。
こういったミッシングリンクとも言える事柄を知ることができれば、より太地町の追い込み漁のつながりを正しく語れるのではないかと思わずにいられません。
 
また、字幕に頼っているため、全体的に退屈な感じがします。
インタビューや現地の取材を紡いで作るようなものではなかったので、緊迫感というものが全く無いため、20分も続くと見ている方も飽きてしまうのではないかと心配にもなります。
前回の動画では、字幕の表示が早過ぎる感じがしたために、字幕ごとの表示時間を長めにとったことも、テンポに影響しているのかもしれないなとも思います。
動画を作るというのは、難しいもんですね。
これからも、勉強し続けなければいけません。
 

残念な話

この動画の制作中に、残念なニュースが有りました。
以下、引用します。

和歌山県、捕鯨文化を日本遺産に申請 追い込み漁は盛り込まず

 和歌山県は10日、同県に伝わる捕鯨文化を、特色ある文化財を認定する文化庁の「日本遺産」に申請したことを明らかにした。仁坂吉伸知事は太地町のイルカ追い込み漁も対象とすることに意欲を示していたが、「申請テーマからそれる」として盛り込まれなかった。

 県観光振興課によると、400年前に始まったとされる古式捕鯨が文化として発展し継承されていった経緯を、地元に伝わる祭りなどの有形無形の文化財とともに紹介する内容。同課は「捕鯨が信仰や生活様式と結びついた文化として発展してきたという正しい認識を国内外に示したい」としている。

 文化庁によると、日本遺産は、歴史的建造物や伝統芸能といった有形、無形の文化財に加え、伝統や風土に根差した「ストーリー」が認定対象となる。エンジン付きのボートを使う追い込み漁は比較的新しいこともあり、県観光振興課は、明記しなかった理由を「申請するストーリーとは趣旨が異なる」と説明した。

 日本遺産は観光振興などの地域活性化に役立てる目的で昨年制度が始まり、24府県の18件が認定された。今年は約100件の申請が見込まれ、4月中に約20件が選ばれる。

……このニュースには、本当にガッカリしました。
「捕鯨が信仰や生活様式と結びついた文化として発展してきたという正しい認識を国内外に示したい」ことと、「エンジン付きのボートを使う追い込み漁」は相反しないはずなのです。
なぜなら、これは浦人の生業であり、時代が進めば形も変化するのは当然だと思います。
逆に、伝統だからこそ同じ形で残さなければならないというのであれば、現在の日本に残っている伝統的なものは、どれだけ残されるべきなのだろうか?
食の伝統でさえ、詳細に見ていくと首を傾げてしまうのが現状ではないかと僕個人は思うのですが、輸入した大豆で作った納豆は、果たして日本の伝統的な食事なのでしょうか……?
大切なのは、形式ではなく、その伝統や文化を受け継ぐ人たちの意識と姿勢なのではないかと思うのですが……。

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