鯨の町の未来に願うこと

By kujiratalk, 2016年7月24日

前回の記事では、太地町の町長選挙における違和感を中心に書きましたが、今回はこの先の太地町の町政について、願うことを書こうと思います。

 
 

たとえヨソモノの戯言と思われたとしても

僕が現在置かれている状況では、これから書くことは、あくまでヨソモノの戯言以外のなにものでもないでしょう。
それでも、いつか僕が移り住む場所になるであろう町の未来の姿について、無関心でいられるはずもなく、様々な場所で耳にすることについて、自分なりの意見を今回は書いていこうと思います。
  
   

「鯨の海構想」について

先日の町長選挙において、三好候補はこのようなことを語っています。

鯨の海構想についても「具体性がない。湾に仕切りを作るのもまず技術的に出来ない」と指摘する。

※太字は僕によるものです
 
前回の投稿では、かなり三好氏に対して否定的な記事を書きましたが、鯨の海構想へのこの部分については、かなり正しい指摘なのではないかと思います。
構想自体が動き始めて数年ですから、まだまだ全体像について分析するのは時期尚早かもしれませんが、それでも現段階で湾を仕切る仕切りについては、技術的な問題点や、メンテナンスコストについての問題を指摘されている方もいらっしゃいます。
この部分について問題が解決されないで、当初の計画のまま進めていけば、計画自体が頓挫してしまう可能性も見え隠れしてくることでしょう。
僕自身、この計画に関しては、発表当初からとても期待していましたが、現実はそれほど簡単ではないと知り、ダウンサイジングという選択肢も考えられてしかるべきではないかと思うようになりました。
 
また、別の方向からの懸念を書かせていただくと、観光の動線について、僕は強い懸念を抱いています。
森浦湾に大きな施設ができてしまうと、せっかくある博物館や、さらにその先にある魅力的な風景に、多くの人がたどり着くことなく太地町を後にするのではないだろうかと思うのです。
これが杞憂であるのあらそれが一番だと思いますが、鯨の海構想自体が、森浦湾の計画だけが目立ちすぎてそれ以外が見えてこないことが、個人的には心配です。
 
関係者の方、もしこの投稿をお読みになっていましたら、是非観光に来られた方の視点を意識して、そのほかの施設や名所とのつながりを考えていただきたいと思います。
  
  

あるものを活かすまちづくりを

また、太地町は鯨という存在を観光の中心に据えて、まちづくりをしていますが、何度も足を運ぶにつれて「太地町の魅力って、それだけじゃないんじゃないのかな?」と思うようになりました。
豊かな自然に海の幸、朝日や夕焼けの美しさや人の優しさなど、鯨以外にもいいものが沢山あります。
その一つが南紀熊野ジオパーク構想(以下ジオパーク)で紹介されているジオサイトだと思うのですが、太地町のジオパークに関する取り組みはあまり前向きとはいえないようです。
ジオパークに関する取り組みは、単純に地形の妙だけではなく、地域の歴史や文化にも大きな関連性が必要になりますから、太地町のジオサイトは太地浦の捕鯨文化にもかかってくる部分があります。
そのことだけでも、もう少し前向きに情報を発信してもいいのではないでしょうか?
 
また、日本遺産に関係する史跡についても、もっと情報を発信したほうがいいのではないかと思うし、史跡の周辺にあるものについても、もっと掘り下げてもいいのではないかと思うのです。
例えば、順心寺にある和田頼元の墓ですが、その一帯には和田家や太地家の様々な人物のお墓があります。
この一帯の詳細な図と、その人物についての詳細がわかれば、さらに太地浦で行われてきた捕鯨の歴史について、興味を持っていただける機会が増えるのではないかと思うのです。
 
僕は、例えはよくないかもしれませんが観光というものは「はてなの茶碗」という落語にでてくる茶碗のようなものではないかと思うのです。
地元の人にとっては何の変哲もないものが、外からやってくる人たちによって様々な価値を持つのです。
「ここには何もない」と嘆く人に「そこが素敵だから来た」と語る人もきっといるでしょう。
大切なのは、あるものをどのような形で見せるかではないでしょうか?
あらたに何かを作ることに巨費を投じるよりも、来る人をどのようにもてなすかや、どのような見せ方をするかを真剣に考えたほうが、ノウハウ自体が価値をもちますから、資産としては大きなものになるのではないかと思いますし、さらなる町の活気にもつながるのではないかと思います。  

 

情報発信の大切さ

太地町の最大の弱点は、情報発信力の低さなのではないかと思います。
これだけ特徴的な文化や歴史を有していて、しかも様々な事柄で注目を集めている町ですから、それに見合った情報発信力が必要なのではないでしょうか?
  
僕の記憶違いかもしれませんが、以前に追い込み漁に関しての情報発信を積極的に行っていくといった話があったと思いますが、現在ではそういった取り組みはまだされていないようですし、「太地町くじらと自然公園の町づくり協議会」のウェブサイトも、こんな世界的にも稀有な取り組みの情報発信をする場所にもかかわらず、諸事情で消失されてしまったという事実は、その弱点をあらわにしていると言っても過言ではないと思うのです。
太地町と同じような立場にあるフェロー諸島では、そういった情報発信を積極的に行うような仕組みができており、フェロー諸島内の制作会社の協力で、モバイルにも対応したウェブサイトがあります。
対費用効果を考えるなら、情報発信に必要なツールは、内制化するのではなく専門の業者に委託するほうがいいのではないかと考えます。
 

閉塞感を取り除くために

先日太地町を訪問した際の話ですが、選挙についての話になると、皆様声をひそめられて僕に思いを語ってくれました。
小さな町のことですから、なかなか地元の方同士では語れないこともあるということは、僕にはよくわかるし理解もできます。
 
しかし、本当にそれでいいのでしょうか?
 
南紀の多くの場所で、少子高齢化が進みつつある中、新規加入者の確保はこの先切実な問題となっていくことでしょう。
同様の問題を抱える場所で、新規加入者として移住してきた人たちと、移住先の人たちの間では、習慣の違いや意識の違いが多かれ少なかれ問題となっているのが現状です。
もちろん地元の方が譲れない一線というものはあると思いますが、新しく越してきた人たちが「意見が言いたくても言えない」という閉塞感を感じてしまうようでは、根本の問題である人口の減少は解決できないのではないかと思うのです。
  
もちろん程度の問題はあると思いますが、町のことを思えばこそ、言いたいこともあるのだと思います。
前向きな意見を戦わせることについては、お互いに許容し合えるようになると、後々の人たちにも住みやすいまちづくりのきっかけになるのではないかと思うのです。
  

よりより未来がくることを願って

以上、ヨソモノの目から見た理想の話を書きました。
実際に住んでらっしゃる皆様の中には「勝手なことを」と思われている方も、お見えになると思います。
それは当然の話で、立ち位置が違うのですから、見えてくる景色も当然違ってくるのでしょう。
でも、僕はあなたが今見ている景色の話を、もっと聞かせて欲しいと思います。
口下手で、話し下手なので、実際にお会いして何から話していいかわからずに、オロオロしてしまうのですが、それでも皆様の口から語られる様々なことに大きな価値があると思いますから、その言葉をより多く聞いていければと思うのです。
 
2012年にみたくだらない映画で、僕はこの町のことを知りました。
きっかけはあまりいい出会いとは言えなかったかもしれませんが、今は当時よりはいい関わり方をできているのではないかという自信はあります。
だから、僕が思っていたことを、この機会に書きました。
 
先日読んだ「太地町 まち・ひと・しごと創生 総合戦略」というPDFには、この町の将来を考えた戦略が実にしっかりと描かれているように思えました。
しかし、現実と照らし合わせると、絵に描いた餅のようにも感じられる部分があるように思います。
具体性が伴わないと、コンサルタントの言葉は空虚に感じられました。
ですから、それにとらわれることなく、よりよい未来を皆様が力を合わせて、模索していただけるとありがたいです。
 
まだまだそちらに移り住めない僕ですが、そのためにできることならどんなことでも力をお貸ししたいと思います。

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