駐日大使の発言とエスノセントリズム

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

既に話題になっており、様々なブログで記事に書かれていることだろう出来事だと思うが、そのことについて少し書いてみたい。

さて、その話題になっていることとは、現アメリカ駐日大使のキャロライン・ケネディー女史の、以下の発言に関することだ。

このツイートをする以前のツイートをさかのぼって拝見すると、日本語と英語のツイートを交互にしており、日本のネットユーザーに配慮したTwitterの運用を徹底していたと思われる。
内容も日本の様々な事柄に関して批判的ではなく、好意的なコメントさえ寄せられていたようだ。

しかし、2014/1/18 13:57 (Twitterのタイムスタンプによると2014/1/17 20:57 )のツイートより、様子が一変する。
冒頭に紹介したツイートのような、突然配慮を失したツイートを日本語で行い、

その直後に上記のようなツイートをした後、23:50現在まで沈黙を守っている。
そもそも、それほどTwitterを活用しているわけでもなく、その前のツイートが恐らく2日ほど前なので、沈黙というほどのことではなく、単にTwitterを目にしていないだけだと思われる。

当然、多くの日本人ユーザーからの反論で彼女のアカウントのメンション欄は埋まるわけだが、実はそのツイートの直前のメンション欄を見ると、とても興味深いことがわかる。

20140118_002

これは、その前日、太地町のイルカ追い込み漁で250頭のイルカが捕獲されたことに対して、動物愛護を訴える欧米人のアカウントによる訴えだった。
中にはお得意のボイコットジャパンを訴えるハッシュタグまで挿入しメンションを送りつけているアカウントもあり、その激しさに翻弄されて、件おツイートをしたのではないかと思われる。

中でも残念なのは、恐らく個人の主義主張であったであろうツイートを「米国政府は」と、国家を代表する立場にまで強めてしまったことだ。
それによりその後でメンションを送りつけた日本人のアカウントの多くは、攻撃的なものになってしまっている。

前任者の対応との奇妙な差

太地町の追い込み漁については、実は前任の駐日大使であるルース氏が、このような問いかけを日本のユーザーに対してしていたことを覚えている人も少なく無いだろう。

当時のルース氏のメンション欄まで遡るには時間が足りないので、まとめの解説から状況を判断するが、

ルース駐日米大使に寄せられたイルカや鯨を捕獲することへの懸念っていうのは、”LET THE DOLPHINS LIVE & BE FREE”とか”stop #Taiji from killing capturing #dolphins”とかで、具体的に根拠を示した懸念ではありません(「#Tweet4Taiji @AmbassadorRoos」で検索すると見つかります)

というように、ケネディー現大使の場合と状況がよく似ていた。
しかし、ルース氏の場合は日本人のアカウントに対して問いかけ、意見を求め、

と日本語と英語で感謝を表明している。
この件については、ケネディー現大使は存じなかったのかもしれないが、よく知っているわけでもない漁業について「非人道的だ」と批難していることは、あまりにも不容易で配慮のないものだと言わざるを得ない。
今後の対応がどうなるかが気になるところだが、駐日大使という立場にある以上は、それなりの配慮が必要だったのではないだろうか?

無意識の判断基準

さて、このようなことがどうして起きてしまったのか?
その辺りについて、少し考えてみたい。
まず、キャロライン・ケネディーという方は、慣例や常識といったものに対しての配慮の足りない人物だったのかもしれない

同月19日の皇居での信任状捧呈式を経て正式に着任した。信任状捧呈式においては、今上天皇、外務大臣岸田文雄、宮内庁式部官長小田野展丈ら接受する日本側が昼の正礼装で応対したにもかかわらず、ケネディは外交慣例を無視して正礼装を着用せず、七部袖・膝上丈スカートにショルダーバッグという平服で皇居に現れた。

上記の部分はwikipediaの当該項目の引用だが、当時の写真などからも、その配慮の無さが伺える。

また、靖国参拝に関して「失望」という言葉を使ったことに関しても、配慮が足りないと感じた人も多く、Facebookページの同日の投稿へのコメントがかなり多かったことも一つのポイントになるでだろう。
そして、それから一月もたたないうちに今回の発言。
これはもう、配慮が足りないのではなく、そういう基準で考えているのではないだろうかとも思えて仕方がない。

白人のエスノセントリズム

先日借りてきた「捕鯨の文化人類学」本に、とても面白い一文があった。

(前略)反捕鯨=善、捕鯨=悪という自文化の価値基準を異文化に押しつけようとするアメリカのエスノセントリズムの強烈さに対しては、「反捕鯨運動は白人上流階級の美的欲求にすぎない」(ダイマリー米下院議員)[同上書、二二八]と非白人の自国民からも非難の声が上がっている(後略)

奇しくもケネディー駐日大使は、その白人のエスノセントリズムで地域文化を断罪したがために、Twitterでは様々な批判を受け、多くの日本人に失望される形になってしまった。

もちろん、そのような文化の中に育てば、白人以外の人種や、米国民以外の人間を見下してしまうようになってしまうのかもしれないが、せめて前任者のルース氏のように本来の仕事を全うしていれば、こんな批判は受けることもなかったのではないかと思うと残念でならない。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
Copy Protected by Chetan's WP-Copyprotect.